2009年05月30日

観光地 タイ王国 アユタヤ名称

一般には『ラーマーヤナ』物語のラーマ王子の国、インドのアヨーディヤにあやかってアユッタヤーと名付けたと言われる(インドネシア・ジョグジャカルタも同じ由来を持つ)。

ただし、歴史学者の祖ダムロン親王は、アユタヤが前期アユタヤ王朝においてはアユッタヤー (อยุธยา) ではなくアヨータヤー (อโยธยา) と呼ばれていたというセフレを立てた。この説は考古学的成果や前期アユタヤ王朝以前、ナレースワン以降に書かれたパーリ語歴史文献などとの比較により、決定的とは言えないが、注目されている一つの説になっている。この説を唱える歴史学者のニティ・イアオシーウォンなどにより、「アユッタヤー」という名称は、ナレースワンがアユタヤ王朝の独立を回復した際に政治的な意味合いで付けたものとしている。

アユタヤ王朝崩壊の後は現在の地方行政制度が導入されてからは、ロープクルンという名称が与えられていたが、1897年、郡として成立。1917年、クルンカオと名称を変え[1]、1957年に現在のプラナコーンシーアユッタヤーとなった[2]。なお、タイでは県庁所在地は通常、「アンプームアン」を冠して呼ぶ(たとえば、チエンマイの場合アプームアンチエンマイとする)が、アユタヤの場合はムアンという語を冠さずアンプープラナコーンシーアユッタヤーと呼ばれている。

posted by りかこ at 17:35| 観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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