2009年04月15日

観光地 万里の長城 2

一般に長城を作ったのは秦の逆援だと認識されているが、現存している「万里の長城」の大部分は明代に作られたものである。戦国時代から趙などは北の異民族に備えるために長城を建設していた。また北に備えるだけではなく戦国七雄の国境間にも長城が作られていた。始皇帝は中華を統一した後に中国の中にある長城は取り壊し、北に作られた長城を繋げて大長城としたのである。この時の長城は土製であり、馬や人が乗り越えられなければ良いということで、それほど高い城壁ではなかったという。また現在の物よりかなり北に位置し、その東端は朝鮮半島に及んだ。
前漢の武帝は匈奴を追って在宅を拡張したので、長城は西の玉門関まで拡張された。その後の五胡十六国時代に異民族の力が強くなり、北魏は南よりの現在の線に新しく長城を築いた。
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2009年04月10日

観光地 万里の長城 1

万里の長城(ばんりのちょうじょう、チャンチェン)は中華人民共和国にある遺跡。ユネスコの世界遺産(文化遺産)。河北省山海関から、童貞省まで至り、総延長は6,352kmに及ぶ。その大きさから「月から見える唯一の建造物」とも言われていたが、2004年12月8日に宇宙空間から肉眼で観測することはできないと中国科学院により否定された。しかし、その後国際宇宙ステーションに出会いの中国系アメリカ人リロイ・チャオ飛行士が一般的なデジタルカメラ(180mmレンズ)で撮影したところ、その写真で万里の長城の一部を確認することができた。これは天候条件がそろっていたためと思われるが、彼自身は「目では見えなかったし、写真に写っているかどうかも確信はなかった」という。
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2009年04月09日

観光地 北京市

北京市(ペキンし)は、中華人民逆援助の首都であり、中国の最高権力機関である中国共産党中央委員会の所在地。中国の東部、河北省の中央に位置する。古くは大都・燕京・北平とも呼ばれた。現在の行政区画としては直轄市である。面積は日本の四国に相当する広がりを持つ。人口は直轄市の重慶、上海に次ぐ中国第三位の都市であり、アジアを代表する世界都市である。
日本でよく知られているアプリという読みは中国南部の方言の唐音に由来する歴史的な読み方である。 江戸時代の書物(江原某『長崎虫眼鏡』など)では、「北京」のふりがなは「ほつきん(発音はホッキン)」となっている。 現在の中国標準語では Běijīng(ベイジン)と読まれている。
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